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2013.06.22 佐久間信盛
退き佐久間殿軍の指揮を得意としたことに由来)
             佐久間信盛
 1556年稲生の戦い(兄弟喧嘩)で信長方織田信長アイコン2で参戦。 
             風奥義
                  この奥義発動画面も退き佐久間からか!?
 1560年桶狭間の戦い今川義元(稀)アイコンでは善照寺砦を守備、戦後、鳴海城城主へ。現在でも彼の名にちなんだといわれる「作町(さくまち)」という地名が城下に残っている。
 1567年松平信康(徳川家康の長男)松平信康アイコン徳姫(信長の長女)五徳アイコンが嫁ぐ際に岡崎城まで供奉(祭礼などのときにお供の行列に加わること)、家康の領地と接する西三河を任される。
 1568年観音寺城の戦い六角アイコンでは箕作城(みつくりじょう)を落とし、長島一向一揆越前一向一揆戦でも活躍。
 上洛(幕府と朝廷を掌握して全国にしらしめる事)後、畿内の行政担当者の一人に選ばれ、松永久秀松永久秀(珍)アイコンを交渉で味方に付ける。
 1570年野洲河原の戦い(落窪合戦)では永原城に配置される。姉川の戦い浅井長政アイコン志賀の陣朝倉義景アイコン出陣。
 比叡山焼き討ち(佐久間信盛佐久間信盛アイコンは、反対していた)
 1571年松永久秀と争っていた筒井順慶の帰順(反逆や抵抗をやめて服従すること)交渉を担当し、和睦(和解)させる。
 1572年三方ヶ原の戦い武田信玄アイコンではほとんど戦わずして退却。
 1573年戦場から離脱する朝倉義景軍の追撃を怠った織田家臣団の面々は信長の叱責を受ける。その際、信盛は涙を流しながら「さ様に仰せられ候共、我々程の内の者はもたれ間敷(そうは言われましても我々のような優秀な家臣団をお持ちにはなれますまい)」と弁明し、信長の怒りに油を注いだ。
 若江城の戦い三好義継討伐。
 1575年高屋城の戦い(第二次石山合戦)本願寺顕如アイコン長篠の戦い武田勝頼(極)アイコンにも出陣。
 1576年石山本願寺攻略戦の指揮官塙直政(原田直政)戦死後、後任として指揮官就任。三河・尾張・近江・大和・河内・和泉・紀伊といった畿内7ヶ国の与力をつけられた信盛配下の軍団は当時の織田家中で最大規模であったが、信盛は積極的な攻勢に出ず、戦線は膠着した。
 1577年紀州征伐鈴木重秀(稀)アイコン信貴山城の戦い松永久秀討伐)にも出陣。
 1580年信長から19ヶ条にわたる折檻状を突きつけられた信盛は、嫡男の信栄と共に高野山へと上った。
               信長による19ヶ条の折檻状(要約)
 佐久間信盛・信栄親子は天王寺に五年間在城しながら何の功績もあげていない。
 石山本願寺に対して何もせず(戦、調略)持久戦に固辞し続けた事は浅はかである。
明智光秀明智光秀(稀)アイコン羽柴秀吉秀吉コン池田恒興らが各地で大活躍している。柴田勝家柴田勝家アイコンもこれらの働きを聞いて、加賀平定をした。
 信長織田信長アイコンにアドバイスを求めず、何もせず五年間過ごした事は怠慢だ。
 水野信元死後(佐久間信盛の讒言により武田勝頼との内通を信長に疑われ殺害)の刈谷を与えたが、水野の旧臣追放したにもかかわらず、家臣を増やさず、その土地収益を金銀に換えるとは言語道断である。
 山崎の地も同様(刈谷)
 以前から家臣の知行(領地や財産を直接支配)加増、与力を付けたり、家臣を召し抱えたりしていればよかったものの、財を貯め込むことばかり考えるから天下の面目を失った。
 朝倉義景追撃時の遅れに対しての信盛の正当性を吹聴し、席を蹴って立った。これにより信長は面目を失った。その口程もなく、ここ(天王寺)に在陣し続けて、その卑怯な事は前代未聞。
 佐久間信栄の罪状をあげればきりがない。
 信長の代になって30年間奉公してきた間、「信盛の活躍は比類なし」と言われるような働きは一度もない。
 三方ヶ原の戦いでは、家康のこともあり(わずか2時間で家康は甚大な被害を受け敗走)、遅れをとったとしても兄弟・身内やしかるべき譜代衆が討死でもしていれば、信盛が運良く戦死を免れても、人々も不審には思わなかっただろうに、一人も死者をだしていない。援軍の将・平手汎秀(政秀の三男)を見殺しにして平然とした顔をしていることはおかしい。
 親子共々頭をまるめ、高野山にでも隠遁(俗世間を逃れて隠れ住む)し赦しを乞うのが当然であろう。
 
 この折檻状は、隠棲するか命を懸けて功績を挙げ挽回するかという道を選ばせている。同時期に追放された林秀貞安藤守就安藤守就アイコン丹羽氏勝がいる。


          佐久間信盛
    史実の織田家同様、ウチでも最古参だった佐久間信盛。
       
    こんな時代もありました。
            佐久間大将10連勝
    さいなら~
   さよなら佐久間信盛

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